システム開発の現場において、「セキュリティは完成してから考えるもの」という認識は過去のものとなりました。情報処理安全確保支援士(SC)試験においても、開発フェーズ(上流工程から実装、テストまで)におけるセキュリティ対策、いわゆる「シフトレフト」の考え方が極めて重要視されています。
本記事では、セキュアプログラミングと開発プロセスについて体系的に整理し、試験で問われやすいポイントや実務で陥りやすい落とし穴について解説します。単なる用語の暗記ではなく、「なぜその対策が必要なのか」「攻撃者はどこを突いてくるのか」という視点を持つことで、午後試験の記述問題にも対応できる応用力を身につけましょう。
入力と出力の境界防御:すべてのデータは「毒」と思え
セキュアプログラミングの基本にして奥義、それは「入力値検証(バリデーション)」と「出力対策(サニタイズ/エスケープ)」です。Webアプリケーションに限らず、あらゆるシステムにおいて、外部から受け取るデータはすべて「信頼できないもの」として扱う必要があります。
入力値検証の「ホワイトリスト」と「ブラックリスト」
入力値検証において、試験で頻出かつ実務上の鉄則となるのが「ホワイトリスト方式」の採用です。
ホワイトリスト方式(許可リスト)
「許可する文字種、長さ、形式」を定義し、それに合致するものだけを通す方法です。例えば、郵便番号フィールドなら「数字のみ」「7桁」以外はすべて拒否します。未知の攻撃パターンや想定外の特殊文字が含まれていても、定義外であれば弾くことができるため、安全性が高いというメリットがあります。
ブラックリスト方式(拒否リスト)の問題点
「危険な文字(<、>、'、"など)」を定義し、それを含むものを拒否または削除する方法です。しかし、攻撃手法は日々進化しており、すべての危険なパターンを網羅することは不可能です。また、文字コードの解釈の違いなどを利用した回避策(WAFバイパスなど)が存在するため、防御として不完全になりがちです。
SC試験の午後問題で「セキュリティ対策として不適切な点はどこか」と問われた際、「ブラックリスト方式で特定のタグのみを削除している」といった記述があれば、それは指摘すべきポイントとなります。

出力対策:コンテキスト(文脈)を読む力
入力時に厳格なチェックを行っても、データベースに保存されたデータや、そのままブラウザに表示するデータが安全とは限りません。ここで重要になるのが「出力時のエスケープ処理」です。重要なのは、「データを出力する場所(コンテキスト)によって、無害化の方法が異なる」という点です。
HTML本文に出力する場合
<を<に、>を>に変換するなど、HTML特殊文字をエスケープします。これにより、スクリプトタグとして解釈されることを防ぎます(XSS対策)。
JavaScript内に出力する場合
文字列リテラルとして扱うためのエスケープ(\によるエスケープなど)や、JSON形式での受け渡しが必要です。HTMLエスケープだけでは不十分なケースがあります。
SQLクエリに埋め込む場合
プレースホルダ(バインド機構)を使用します。これは文字列として適切にエスケープするだけでなく、SQL文の構造を固定化することで、SQLインジェクションを根本的に防ぎます。
「サニタイズしていればOK」という短絡的な思考ではなく、「どこの文脈に出すから、どういう処理が必要か」を論理的に説明できるようにしておきましょう。
開発プロセスそのものを守る:DevSecOpsとサプライチェーン
コードを書く人間が気をつけるだけでは限界があります。開発のライフサイクル全体にセキュリティを組み込む「DevSecOps」と、利用する部品の安全性を担保する「サプライチェーンセキュリティ」は、近年の最重要トピックです。
セキュリティバイデザインと手戻りのコスト
「セキュリティバイデザイン」とは、企画・設計段階からセキュリティ対策を組み込む考え方です。もし、出荷直前のテストフェーズで致命的な脆弱性(例:アーキテクチャレベルでの認証不備)が見つかった場合、その修正コストは設計段階で修正する場合の数十倍から数百倍になると言われています。
これを防ぐための具体的なアクションが「脅威モデリング」です。
- システムに対する脅威を洗い出す(STRIDEモデルなどが有名)
- 攻撃者の視点でデータフロー図(DFD)を分析する
- 「ここで認証を突破されたらどうなるか?」「この通信路は暗号化されているか?」を机上でシミュレーションする
試験では、要件定義や設計段階のレビューで何をチェックすべきか、という観点で問われることがあります。

見えない時限爆弾:OSSとサプライチェーン攻撃
現代の開発において、OSS(オープンソースソフトウェア)やライブラリを利用しないプロジェクトはほぼ存在しません。しかし、それは「他人が書いたコード」を自社のシステム内で特権的に動かすことを意味します。
依存関係の深淵
自社で導入したライブラリAが、内部でライブラリBを使用し、さらにそれがライブラリCを使用している…という「依存関係の連鎖」があります。Log4jの脆弱性(Log4Shell)が世界を震撼させたのは、あまりに多くのJava製品が深層でこのライブラリに依存していたためです。
SBOM(Software Bill of Materials)の重要性
これに対抗する手段として、ソフトウェア部品表(SBOM)の整備が急務となっています。SBOMは、システムに含まれるすべてのコンポーネント、バージョン、ライセンス情報のリストです。脆弱性が公開された際、SBOMがあれば「自社製品のどこに、該当するバージョンのライブラリが使われているか」を即座に特定し、パッチ適用や回避策の実施判断が可能になります。
試験対策としては、「JVNなどで脆弱性情報を収集する」だけでなく、「自社の資産構成(インベントリ)を正確に把握しておくこと」がセットで必要であると理解してください。

脆弱性をあぶり出す技術:SAST・DAST・ファジング
人間によるコードレビューには限界があります。ツールを活用した自動化テストは、開発効率とセキュリティ品質を両立させる鍵です。それぞれのツールの特性と使い分けを整理しましょう。
静的解析(SAST)と動的解析(DAST)の使い分け
この2つは競合するものではなく、補完し合う関係です。
SAST(Static Application Security Testing)
- タイミング: コーディング中、またはビルド時。ソースコードそのものを解析します
- 得意分野: コーディング規約違反、既知の危険な関数(
strcpyなど)の使用、SQLインジェクションやXSSにつながるコードパターンの発見 - 弱点: 実際に動かさないと分からない論理的なバグや、設定ファイルとの組み合わせによる不具合は検出しにくい。誤検知(False Positive)も多い
DAST(Dynamic Application Security Testing)
- タイミング: テスト環境やステージング環境でアプリケーションが稼働している状態
- 得意分野: 実際のHTTPリクエストを送信し、レスポンスを解析する。認証・認可の不備、セッション管理の不備、サーバーの設定ミス(ヘッダ不備など)を発見できる
- 弱点: コードのどの行に問題があるかまでは特定できない場合がある。テストの実行に時間がかかる
未知のバグを叩き出す「ファジング」
ファジング(Fuzzing)は、予測不可能なデータを大量に入力プログラムに送り込み、クラッシュや予期せぬ挙動(例外発生、メモリリークなど)を引き起こさせるテスト手法です。
特に、IoT機器のファームウェアや、独自プロトコルのサーバー、ファイルパーサーなどの検証で威力を発揮します。開発者が想定する「境界値」だけでなく、極端に長い文字列、不正なバイナリデータ、空データなどを機械的に生成して送り続けることで、人間では思いつかないようなバグ(ゼロデイ脆弱性の種)を発見することができます。
SC試験では、「未知の脆弱性を発見するための手法」として選択肢に登場することが多いです。通常のテスト仕様書に基づくテストでは見つけられないバグを見つけるための手法であることを押さえておきましょう。
メモリ管理とAPI:言語とアーキテクチャ特有の課題
プログラミング言語やアーキテクチャによって、警戒すべき脆弱性の種類は変わります。
C/C++におけるメモリ破壊の恐怖
C言語やC++のように、開発者がメモリ管理を直接行う言語では、「バッファオーバーフロー」が依然として重大な脅威です。
スタックバッファオーバーフローの仕組み
ローカル変数が格納される「スタック領域」において、確保されたバッファサイズを超えるデータを書き込むことで、隣接するメモリ領域を破壊します。攻撃者はこれにより、関数の「リターンアドレス」を書き換え、攻撃コード(シェルコード)が配置されたメモリアドレスへ実行フローをジャンプさせます。
対策の実装
言語レベルでは、バウンダリチェック(境界検査)を行う関数を使用します(strncpyなど)。OS/コンパイラレベルでは、ASLR(アドレス空間配置のランダム化)やDEP(データ実行防止)、スタックカナリア(Stack Canary)の導入が有効です。
試験では、メモリのスタック構造図を見て、どこが書き換わると制御が奪われるかを問う問題が出ることがあります。「リターンアドレスの書き換え」がキーワードです。

APIエコノミー時代の落とし穴
Web API(特にREST API)が標準となった現代において、API固有の脆弱性も狙われています。
BOLA(Broken Object Level Authorization)
日本語では「オブジェクトレベルの認可不備」。例えばGET /api/users/123/infoというリクエストで自分の情報が見られる時、IDを124に書き換えて他人の情報が見えてしまう脆弱性です。認証(ログインしているか)はチェックしていても、認可(そのリソースにアクセスする権限があるか)のチェックが漏れているケースが非常に多いです。
JWT(JSON Web Token)の不適切な利用
認証トークンとしてJWTが普及していますが、実装ミスが散見されます。
- 署名アルゴリズムを
Noneに設定して署名チェックを回避する攻撃 - 秘密鍵(Secret Key)が推測可能な弱い文字列になっている
- トークンの有効期限検証を行っていない
APIセキュリティにおいては、「サーバー側で必ず状態と権限を再検証する」というゼロトラストの原則が適用されているかどうかが問われます。
セキュア開発における「組織」と「人」の役割
技術的な対策だけでは、セキュリティは完結しません。最終的には「人」と「ルール」が重要になります。
誤解されがちな「WAFがあれば大丈夫」
「脆弱性を作り込んでしまっても、WAF(Web Application Firewall)を入れれば防げる」という考え方は危険です。WAFはあくまで「応急処置」や「保険」であり、根本的な解決策ではありません。WAFのシグネチャ(検知ルール)をすり抜ける攻撃は常に存在しますし、アプリケーションのロジックに起因する脆弱性(例:ビジネスロジックの悪用や権限昇格)は、WAFでは検知できないことが多いです。
SC試験の記述問題で、対策案として「WAFの導入」を書く場合、それが「根本対策までのつなぎ」なのか、「多層防御の一環」なのかを明確にする必要があります。「ソースコードの修正」が最も根本的な対策であることを忘れてはいけません。
教育と啓発:開発者のスキルアップ
セキュアなコードを書くためには、開発者自身が攻撃手法を知っている必要があります。「SQLインジェクションとは何か」を知らない開発者に、プレースホルダの使用を強制しても、なぜそれが必要なのか理解できず、抜け穴のある実装をしてしまう可能性があります。
組織的な対策として、以下の取り組みが有効です。
- セキュアコーディングガイドラインの策定と周知: 言語やフレームワークに合わせた具体的なルールブックを作る
- 定期的なセキュリティトレーニング: 座学だけでなく、実際に脆弱なアプリを攻撃してみるハンズオン形式(CTFなど)が効果的
- セキュリティチャンピオン制度: 各開発チームにセキュリティ担当者を配置し、現場レベルでの相談役とする
実務で陥りやすいセキュリティの落とし穴
試験対策だけでなく、実務での注意点も押さえておきましょう。知識があっても、実装時のちょっとした油断が重大な脆弱性につながることがあります。
「後で対応する」の危険性
開発現場でよく聞かれる「とりあえず動くものを作って、セキュリティ対策は後で実装する」という考え方は非常に危険です。後回しにされたセキュリティ対策は、スケジュールの圧迫により最終的に実装されないケースが多く見られます。また、後からセキュリティ機能を追加しようとすると、既存のアーキテクチャと整合性が取れず、継ぎはぎの対策になってしまうリスクがあります。
テスト環境と本番環境の設定差異
テスト環境では問題なく動作していたのに、本番環境でセキュリティインシデントが発生するケースがあります。これは、環境間の設定差異が原因であることが多いです。
- デバッグモードが本番環境でも有効になっている
- テスト用の認証情報やAPIキーがハードコードされている
- エラーメッセージの詳細表示が本番環境でも有効
環境間の設定を一元管理し、本番環境固有のセキュリティ設定が確実に適用されるようにしましょう。Infrastructure as Code(IaC)を活用することで、設定の一貫性を保つことができます。
サードパーティライブラリの無計画な導入
便利なライブラリを見つけると、すぐに導入したくなるものです。しかし、以下の点を確認せずに導入すると、後々問題になります。
- ライブラリのメンテナンス状況(最終更新日、コミュニティの活発さ)
- 既知の脆弱性の有無(CVEデータベースでの確認)
- ライセンス条件(商用利用の可否、オープンソース義務の有無)
- 依存関係の深さ(さらにどのようなライブラリに依存しているか)
特に、メンテナンスが停止しているライブラリは、脆弱性が発見されても修正されないため、使用を避けるべきです。
セキュリティ品質を高める継続的改善
セキュリティは一度対策すれば終わりではありません。新しい攻撃手法の出現、システムの機能追加、法規制の変更など、様々な要因により継続的な見直しが必要です。
セキュリティメトリクスの活用
セキュリティ対策の効果を測定し、改善につなげるためには、適切な指標(メトリクス)の設定が重要です。
プロセスメトリクス
- コードレビューでの脆弱性検出数
- 静的解析ツールでの検出項目数と修正率
- セキュリティ教育の受講率
成果メトリクス
- 本番環境での脆弱性検出数(ペネトレーションテストなど)
- インシデント発生件数と平均解決時間
- 脆弱性の再発率
これらの指標を定期的にモニタリングし、傾向分析を行うことで、組織のセキュリティ成熟度を可視化できます。
インシデントからの学び
セキュリティインシデントが発生した場合、それを組織の学習機会として活用することが重要です。
- 根本原因分析(Root Cause Analysis)の実施
- 再発防止策の立案と実施
- インシデント事例の社内共有(個人の責任追及ではなく、組織の改善として)
- 開発プロセスやチェックリストへの反映
「誰が悪かったか」ではなく「なぜ防げなかったか」「どうすれば防げるか」という建設的な議論を行うことで、組織全体のセキュリティレベルが向上します。
試験に向けたマインドセットの再確認
セキュア開発に関する知識は、SC試験の午後問題において、長文の事例問題の中で「プログラミングコードの断片」や「設計レビューの会話」として現れます。
合格に必要な3つの視点
試験合格には、以下の3つの視点を瞬時に切り替える能力が求められます。
プログラマの視点
「このコードの、この変数の扱いは危ない」と具体的な行数を指摘できるか。
アーキテクトの視点
「このシステム構成なら、ここで認証を挟まないとバックエンドが守れない」と構造上の欠陥を見抜けるか。
マネージャーの視点
「開発プロセスに静的解析ツールを導入し、リリース判定基準にセキュリティ項目を追加する」という組織的な改善案を提示できるか。
これらを意識しながら、過去問演習に取り組むことで、解答の精度は飛躍的に向上します。
午後問題で問われる実践的な知識
午後試験では、単なる用語の知識ではなく、実際のシステム開発における判断力が問われます。以下のような問題に対応できる力を養いましょう。
- コードレビューで指摘すべき脆弱性の特定
- 設計段階で考慮すべきセキュリティ要件の抽出
- インシデント発生時の原因分析と再発防止策の立案
- セキュリティツールの適切な選定と導入タイミングの判断
過去問を解く際は、解答を覚えるのではなく、「なぜその対策が必要なのか」「他の選択肢はなぜ不適切なのか」を論理的に説明できるようにすることが重要です。
手戻りゼロのコードを目指して。セキュアプログラミング理解度チェック
「セキュリティは完成してから考える」という考えは、現代の開発現場では致命的なリスクとなります。脆弱性をリリース直前に発見して手戻りが発生するのを防ぐには、設計・実装段階での正しい知識が不可欠です。 この練習問題では、SQLインジェクションやXSSなどの古典的な脅威から、近年のトレンドであるOSS管理(SBOM)やAPIセキュリティまでを網羅しています。攻撃者の視点を持ち、堅牢なアプリケーションを構築するための判断力を磨いてください。
今週のまとめ:品質としてのセキュリティ
今週は、開発フェーズに焦点を当てて復習を行いました。ポイントを振り返ります。
入力値検証と出力エスケープ
基本中の基本。ホワイトリストで守り、コンテキストに合わせてエスケープする。
DevSecOps
開発スピードを落とさず、ツール(SAST/DAST)を使って自動的に脆弱性を排除するパイプラインを作る。
サプライチェーン管理
自社のコードだけでなく、OSS(ライブラリ)の脆弱性もSBOM等で管理する。
言語・環境別の特性
C/C++のメモリ管理、APIの認可制御など、環境に応じた急所を押さえる。
セキュリティは、機能要件(何ができるか)と同等以上に、非機能要件(品質)として重要です。「バグのないプログラム」が存在しないように、「脆弱性のないプログラム」も完全には存在し得ませんが、限りなくゼロに近づける努力とプロセスが、情報処理安全確保支援士には求められています。
次のステップとして、視点を「クラウド環境」と「最新技術」に移していきましょう。AWSやAzureなどのクラウド利用時の責任共有モデル、コンテナ技術(Docker/Kubernetes)のセキュリティ、そしてゼロトラストネットワークといった、近年の試験で配点が高まっているモダンなトピックへと学習を進めます。
基礎となるネットワークや攻撃手法、そして今回の開発プロセスの知識が、クラウドセキュリティの理解を深める土台となります。週末は、苦手な言語の脆弱性パターン(特にJavaやJavaScriptのXSSパターンなど)を見直し、コードレベルでの「違和感」に気づけるよう目を養っておきましょう。
合格への道は、確実な知識の積み上げの中にあります。継続的な学習を進めていきましょう。